子供が私たち大人の言うことを聞かないで、悪さやいたずらを続けるとき、私たちはつい、子供に手を出してしまいます。おしりや頭、ひどいときにはほっぺたも叩いてしまいます。
たいていの子供は、その瞬間に悪さやいたずらをやめ泣き出してしまいます。
しかし、一時間もすると何事もなかったように、またせっせと同じことを繰り返します。
実は僕も、子供がまだ小さいとき、よく叩いていました。悪さやいたずらをほんとうにしていたならまだしも、自分のいらいらから、つい手を出していました。子供同士のけんかみたいに。反省しても、もう遅いですけど。あの頃は、お父さんも若かったから。ゴメンナサイ。息子たち。(今は、もう21歳と19歳)逆にやられてしまいます。
ところが、ゲンコツのかわりに、例えば次のような言葉を子供に言ったとします。
「そんなに悪いことばかりする子供は、お父さんの子供ではない。実は、お前はもらい子なんだ」
もし、このようなことを真剣な調子で子供に伝えたとしたなら、たいがいの子供は、深く傷ついてしまいます。
それは、どんなゲンコツよりも、子供にとっては痛いものとなるはずです。
このような叱り方をいつもしていると、その子供の心はゆがみ、取り返しのつかない方向へと育っていってしまう可能性があります。
この場合、ゲンコツ物理的なは痛みですが、子供の心に受けた傷の方が、精神的な痛み、つまり、波動的な痛みとなってしまうんです。
深刻な、いじめ問題も、波動的な痛みの方が多いんではないでしょうか?
ぐさりと胸に突き刺さるような波動的な痛みはなかなか忘れることはできません。
なぜでしょうか?
叩かれたり、打たれたりした痛みは、衝撃や振動によって痛みとして知覚するからです。
でも、その振動が消えてしまえば、痛みはおさまります。
ところが、悪意のある言葉はその波動は、私たち自身が体の中に持っている波動と一致します。そうです。自身も他人に対して、言葉には出さないものの、同じような思いを潜在的に秘めているからだと思います。
逆に言えば、どんなことを言われても、その人が美しい心を持っていれば、それは何の痛みも与えません。共鳴しなければ、波動が増幅されません。
波動的な痛みはなかなか消えるものではないんです。
もう一度、自分自身を戒めたいと思います。



この記事に対するコメント